蒼青堂

斜め45度のカルチャーマガジン

【建物が建てられない?】鋼材屋による高力ボルト不足問題に対する所感

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文章:蒼崎青太郎(twitter:@seitaro_aozaki)

僕は大学卒業後の2016年4月から2019年6月末まで、鉄鋼系商社の営業として働いていた。
仕事の内容はというと、プラントメーカー向けにタンクや産業機械などを製作(製缶と呼ばれる)したり、建物の鉄骨を製作する鉄工所に向けて、形鋼と呼ばれる鋼材や鋼管、鉄板などの材料を販売していた。場合によってはゼネコンから鉄骨工事や鉄筋工事、土木工事自体を請け負うこともある(今や工事が主流といってもいい)。

丁度一年程前より、鉄骨を建てる際に必要なある材料が入手しづらくなった。それは高力ボルト(高力の読み:こうりき・こうりょく)と呼ばれるボルトである。ハイテンションボルトとも呼ばれる。近頃ようやく国会でもこの問題が取り上げられ、全国紙などでも取り上げられるようになった。

実はこのボルト不足は建設業界だけの問題ではない。

元鋼材屋が実際に見てきたボルト不足問題に対する所感を綴っていく。

高力ボルトとは

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トルシア型高力ボルト。日鉄ボルテン(株)公式ページより

そもそも高力ボルトとは一体何なのか。簡単にいってしまうと鉄骨の柱と梁を繋いだり、橋を作ったりする際に必要な建設用のボルトのことだ。普通の鉄ではなく、高張力鋼(ハイテン鋼)と呼ばれる引っ張り強度の強い材質で作られている。この材質の鉄は自動車や建設車両にも多く使われる。一般的に通常の鉄骨造において必要なボルト量は、鉄骨重量の約2%だと言われる。数千トンクラスの鉄骨となると大量のボルトが必要となる。

ではなぜこの高力ボルトが不足しているのか。

それは東京五輪に向けての建築需要の増加。そして生産が好調な自動車へ向けて、ボルトと同じ材料がそちらに優先で流れてしまっていること(これはある意味仕方ないのかもしれない)。そしてこの需要増に対して、国内のボルトメーカーの設備の老朽化等により生産が追いつかないのだ。

常にあって当たり前で、すぐに手に入っていたはずのボルトが、現状の納期だと半年以上もかかるといい、しかも本当に半年後に入ってくるかどうかも分からないほどに不足している。数十本単位で手に入れることすら難しい。

入手困難な状況から高値で取引できると思われているのか、メルカリなどにも高値で出品されている(しかも結構売れている)。

常にあって当たり前だった高力ボルトが手に入らないという異常事態。僕の上司や担当していたお客さんは皆、こんなことは初めてだと口にしていた。

高力ボルト不足の一体何が問題なのか

このボルトがなければまず鉄骨造による建物は作ることはできない為、予定されていた工事は中止や延期となる。橋梁に関しても同様だ。

まず一番最初に打撃を受けるのは鉄骨を製作し、鉄骨工事を請け負う鉄骨ファブリケータ【fabricator】、通称ファブと呼ばれる鉄工所だ。このファブと呼ばれる鉄工所には”グレード”と呼ばれる区分があるのだが、中でもMグレード以下のファブ、そしてそのさらに下請けのファブにとっては大きな打撃だ。僕が聞いた範囲でも、ボルトの納期が確約できない時点で簡単に仕事を受けることが出来ないと嘆いている鉄工所が数多くあった。場合によっては力のないファブは倒産することも十分に考えられる。
そして商社も同じ理由から簡単に鉄骨工事を受けることが出来ない為、仕事がないという状況に陥る。
(ファブのグレードに関しては次のリンク先を参照してほしい工場認定制度|一般社団法人 鉄骨建設業協会


次に鉄骨が建てられないとどうなるか。企業が設備投資の為に新設する工場などが稼働できない。これによって様々な分野のプロダクツの生産が不能となる。そしてさらには不動産関係やサービス業にも影響し、新たな商業施設や販売店、公共施設などのオープンが延期や中止となることもあり得る。実際にオープンや完成が延期となった施設がいくつもある。こうしてボルト不足の影響は設計会社やゼネコン、鉄鋼関係などの建設業界以外にも波及していく。

さらに最悪なのが災害復旧だ。日本列島は地理的に地震大国であり、水害も多い。これは免れることが出来ない。災害により建築物や橋が使用不能になると、生命に関わってくる為早急に復旧させる必要がある。しかしこのボルト不足の状況で大規模な災害が発生すると大惨事だ。特に心配なのはいずれ発生されるとされている南海トラフ地震が発生してしまうことだ。

そんなに大問題であるなら、海外メーカーの高力ボルトは使えないのかというとそれも難しい。建設業界においては鋼材などの資材はJIS規格を取得しているメーカーの材料しか使えない案件がほとんだからだ(各メーカーについてはここでは言及しない)。一部では海外メーカーのボルトを使うことを解禁したそうなのだが、実際には折れたりすることも多いらしく、現場から聞いた声は不評であった。

鉄骨ではなく鉄筋コンクリート造(RC造)に変えることは出来ないのかというと、こちらもすでに需要旺盛による型枠大工や鉄筋工の不足により難しいだろう。

これらは全て鋼材屋としてファブやゼネコンと関わり、現場を見てきた視点からの所感である。

これらのことから、決して建設業界だけの問題ではないことが分かるはずだ。

ボルト不足は緩和されつつあるのか

つい先日、ここにきてようやくボルト不足が緩和されつつあるという報道があった。

しかし実際のところどうなのかは分からない。現に去年の段階では春先(2019年の)には出てくるなどという情報が飛び交っていたが、状況はますます悪化していった。五輪関係の鉄骨案件はほぼ終わっているにも関わらずまだこんな状況が続いている。
実際には以前のように、すぐに手に入る状況に回帰するまでは安心は出来ないだろう。

このボルト不足の状況が早くいい方向に改善されることを願うばかりだ。


・ 筆者プロフィール

蒼崎青太郎(Seitaro Aozaki)

1993年12月25日、福岡県福岡市生まれ。カルチャーマガジン『蒼青堂』主宰。大学卒業後の2016年4月に新卒で鉄鋼系商社に入社。営業として鉄工所やゼネコンへ鋼材や建築資材を売り歩くも、少し捻くれた性格からか会社員として働くことに限界を感じ、2019年6月末で退職。そして現在に至る。
趣味はアニメ鑑賞、映画鑑賞、読書、模型作りなど。二次元美少女と日本軍の飛行機が好き。オタク。
名前の蒼崎青太郎は本名ではなく、TYPE-MOONのノベルゲーム『魔法使いの夜』に登場する蒼崎青子が由来。
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